Jack's English Cafe

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#8 新型コロナワクチン

TIME誌の記事(2021年1月18日付け)翻訳

コロナワクチンの接種がやっと始まりましたが、今までのワクチンとどう違うのか、ファイザー・ビオンテック社製、モデルナ社製、アストラゼネカ社製、その他はどう違うのか、などこの記事はワクチンの基本的なことを理解するのに役立つと思います。拙い訳ですが参考になれば幸いです。

(筆者はWalter Isaacsonで文末にこう記されています。

Isaacson, a former editor of TIME, is the author of The Code Breaker: Jennifer Doudna, Gene Editing, and the Future of the Human Race, to be published in March.

記事の原文はこちらです。

 

time.com

mRNA Technology Gave Us the First COVID-19 Vaccines. It could Also Upend the Drug Industry 

 

新型コロナワクチンをもたらしたmRNA技術 

 製薬業界の姿を変える可能性も

 

「だめ!」と医師は厳しく言った。「私の方を見て!」

 

私は最初に言われた通り医師の目を見ていたのだが、反対側の医師が注射針を刺した時、顔をそちらに向けようとしたのだ。「そちらは見ないで」と医師が言った。私は言う通りにした。

 

これは8月初めニューオリンズでのことだったが、私は同地でファイザー・ビオンテック社の新型コロナワクチン臨床試験の被験者として登録していたのだ。盲検試験というもので、私はプラシーボ(偽薬)を与えられたのか本当のワクチンを与えられたのかが分からなかった。注射針を見ていたら実際見分けがついたかどうかを医師に尋ねた。「多分無理だったでしょう」と医師は答えた。「けれど、私たちは注意してやりたい。正しくやるにはこれがとても大事なのです」。

 

私はワクチンの実験台になった。その理由は、役に立ちたいという思いに加えて、今新型のワクチンやがん治療、遺伝子編集の核心にある遺伝物質RNA (リボ核酸) が果たしている驚くべき新しい役割に強い関心があったからだ。私はカリフォルニア大学バークレー校の生化学者ジェニファー・ダウドナに関する本を書いている途中だった。彼女はRNAの構造を特定した先駆者であるが、彼女と博士課程指導教員は、それによってRNAが地球上のすべての生命の起源であることを解明することができた。その後、彼女は同僚とともにRNA誘導による遺伝子編集技法を発明し、二人は2020年度のノーベル化学賞を受賞した。

 

その技法は細菌がウイルスと闘うときに使う仕組みに基づいている。細菌は自身のDNA (デオキシリボ核酸) の中にクラスター状の反復配列、いわゆるクリスパーを発育させるが、それは危険なウイルスを記憶することができ、ウイルスを破壊するためにRNAに誘導されたハサミを出動させる。言い換えれば、それは新しく入ってくるウイルスと闘うために自身を適応させる免疫システムであり、まさに我々人間が必要としているものだ。最近承認されたファイザー・ビオンテック社のワクチンやモデルナ社の同様のものが、今アメリカやヨーロッパで徐々に投入されているなか、RNAはまったく新しいタイプのワクチンを作るために展開されており、十分な数の人々に届けば、世界的な新型コロナ感染症流行の行方を変えることになるだろう。

 

昨年までワクチンは少なくとも概念的には200年間あまり変わっていなかった。ほとんどが1796年英国人医師エドワード・ジェンナーによる発見を手本にしたものだった。ジェンナーは牛の乳しぼりをする多くの女性たちが天然痘に対して免疫があることに気づいたのだった。彼女たちは皆牛には有害であるけれども人間には比較的無害なある種の痘に伝染しており、ジェンナーは牛痘が彼女たちに天然痘の免疫を与えているのではないかと推測した。それで牛痘の発疹からいくらかの膿を取り出し、雇っていた庭師の子供で8歳の男の子の腕につけた傷に摺りこみ、その子に天然痘を移そうとした(これは生命倫理委員会が出来る前のことだ)。その子は発病しなかった。

 

それ以前は患者に少量の本物の天然痘ウイルスを与えて接種を行い、軽症になって免疫ができるのを期待していた。ジェンナーの偉大な進歩は、関連性はあるが比較的害の少ないウイルスを使うということであった。それ以来、予防接種は危険なウイルスやほかの細菌を安全に複製したものを患者に移すという考えに基づいてきた。人間の適応免疫系を稼動させることを意図したものだ。それが働くと体は抗体を生み出し、本物の細菌が攻撃しても時には何年間も感染を防ぐ。

 

一つの手法は安全に弱毒化されたウイルスを注射することだ。それらは本物に非常に似ているので、体に教える働きができる。体はそれらと闘うための抗体を作って反応し、免疫は生涯続く可能性がある。アルバート・サビンは1950年代に経口ポリオワクチンに対してこの手法を使ったが、我々が現在はしか、おたふくかぜ、風疹、水疱瘡を回避する方法となっているものだ。

 

サビンが弱毒化したポリオウイルスに基づいてワクチン開発を行っていたのと同じ時期、ジョナス・ソークがより安全な手法で成功した。死滅した、あるいは不活化したウイルスを使うのだ。このタイプのワクチンは、人間の免疫系に生きたウイルスと闘う方法を教えることができ、かつ深刻な副作用を引き起こす可能性は低い。中国のシノファーム社とシノバック社は新型コロナのワクチン開発にこの手法を使っているが、このワクチンは現在中国、UAE,インドネシアに限って使用されている。

 

別の従来からある手法は、ウイルスの被膜についているたんぱく質の一種などウイルスのサブユニットを注射するというものだ。免疫系はこれらを記憶し、実際のウイルスに出会うとすぐさま体が強力な反応を開始できるようにする。例えばB型肝炎のワクチンはこのやり方で作用している。ほんの僅かのウイルスしか使わないということは、それらを患者に注射することがより安全であり、製造もより容易であることを意味するが、長期間の免疫を作るという点では多くの場合効果的ではない。メリーランド州に本社を置くバイオ技術のノヴァヴァクス社は、この手法を使った新型コロナワクチンの後期臨床試験段階にきており、ロシアですでに投入されている二つのワクチンのうちの一つの基礎ともなっている。

 

2020年という疫病の年は、これらの従来型ワクチンが根本的に新しいものに取って代わられた時として記憶されるだろう。それは遺伝子ワクチンであり、遺伝子または遺伝子コードの一部を人間の細胞に送り込むというものだ。遺伝子の指令によって、細胞は患者の免疫系を刺激しようとして、標的ウイルスの安全な成分を自ら生産する。

 

新型コロナ感染症を引き起こすSARS-CoV-2型ウイルスの場合、標的とする成分はスパイクたんぱく質であるが、それはウイルスの外皮に付いたもので、ウイルスが人間の細胞に侵入することを可能にしているものである。遺伝子を細胞に送る一つの方法は、DNA組み換えとして知られる技術を使って、遺伝子を人間の細胞に送り届けることのできる無害なウイルスに、希望する遺伝子を挿入することによって行われる。新型コロナワクチンを作るために、コロナウイルススパイクたんぱく質の作成指示を持つ遺伝子が、普通の風邪の原因となるアデノウイルスのような弱毒化されたウイルスのDNAに編集されて組み込まれる。再操作されたアデノウイルスが人間の細胞に入り込み、そこで新しい遺伝子が細胞にこれらスパイクタンパク質をたくさん作らせる、という考えだ。その結果、人間の免疫系は本物のコロナウイルスが襲ってくると素早く反応する準備をすることになる。

 

この手法は、最初期のコロナウイルスワクチン候補の一つにつながったが、オックスフォード大学の由緒あるジェンナー研究所で開発されたものだ。研究所の科学者たちは、スパイクたんぱく質遺伝子を操作して、チンパンジーには風邪の原因となるが人間には比較的無害なアデノウイルスの中に入れた。

 

オックスフォード大学の主任研究員、サラ・ギルバートは、チンパンジーアデノウイルスを使ってマーズ(中東呼吸器症候群)のワクチン開発に取り組んだ。マーズは彼女のワクチンが展開される前に収束したが、新型コロナが発生したとき有利なスタートを切ることになった。彼女は、チンパンジーアデノウイルスが人間の体の中で、マーズのスパイクタンパク質となる遺伝子をうまく送達するということをすでに知っていた。中国が2020年1月に新型コロナウイルスの遺伝子配列を発表するとすぐに、彼女は毎朝4時に起きて新型コロナのスパイクタンパク質遺伝子をチンパンジーのウイルスの中に入れる操作をし始めた。

 

彼女の21歳の三つ子はいずれも生化学を学んでいたが、自発的に初期被験者となってワクチンを接種し、望ましい抗体ができるか検証した。(抗体はできた)。モンタナ州霊長類センターで3月に行った猿に対する治験でも有望な結果が得られた。

 

ビル・ゲイツは自分の財団からオックスフォード大学に多額の資金を提供していたが、ワクチンのテスト、製造、流通が出来る大手企業と手を組むようオックスフォード大学に強く勧めた。そこでオックスフォード大学は英国とスウェーデンの合弁企業アストラゼネカと提携した。残念なことに、何人かの被験者に間違った量の投与が行われたため治験は杜撰な結果となり、遅れが生じた。英国は12月末に緊急使用として承認したが、アメリカは2か月以内に同様の措置を取る見通しだ。

 

ジョンソン&ジョンソンは、スパイクたんぱく質の一部を作るために暗号化された遺伝子を運ぶ送達メカニズムとして、チンパンジーではなく人間のアデノウイルスを使う同様のワクチンを試験している。それは過去に有望だと思われた手法であるが、すでにアデノウイルスに罹ったことがある人は、ヒト・アデノウイルスに対してなんらかの免疫を持つので効かないかもしれないというデメリットがあり得る。治験の結果は今月後半に出る見込みだ。

 

加えて、現在遺伝子学的に操作されたアデノウイルスに基づくワクチンが他に二つ限定的に配布されている。一つは中国軍で使われているカンシノ・バイオロジクス社によるもので、もう一つはロシア保健省のスプートニク V  という名前のものである。

 

ほかにもう一つ、遺伝子物質を人間の細胞に注入し、免疫システムを刺激する可能性のある危険なウイルスの成分、例えばスパイクたんぱく質のようなものを細胞に作らせるという方法がある。その成分の遺伝子操作をアデノウイルスの中で行う代わりに、単純にその成分の遺伝子コードを人間のDNAまたはRNAに注入することができるのだ。

 

DNAワクチンから始めよう。2020年にイノビオ製薬とほんの僅かの企業の研究者たちは、コロナウイルスのスパイクたんぱく質の一部を暗号化したDNAの小さな輪を作った。その考えは、もしDNAの輪が細胞核の中に入りこめれば、DNAは非常に効率的にスパイクたんぱく質成分の生産指令を多数発出することが出来、免疫系に本物に反応する訓練をさせることになる、というものであった。

 

DNAワクチンが直面する大きな課題は送達である。どうやってDNAの小さな輪を人間の細胞のみならず、細胞核にまで届けることができるか?たくさんのDNAワクチンを患者の腕にうてばDNAのいくらかが細胞に届くかもしれないが、それは効率的ではない。

 

イノビオ社を含めDNAワクチン開発者の中には、注射をするときに患者に電気ショックパルスを与えるエレクトロポレーションと呼ばれる方法によって人間の細胞に送達を促そうとする者もいた。それは細胞皮膜の細孔を広げDNAが入るのを容易にする。電気パルス銃はたくさんの小さな針がついており、見るからに恐ろしい。この技術が特に接種を受ける側にとって不人気な理由を理解するのは難しくない。これまでのところ、DNAワクチンを人間の細胞核に届けるための簡単で信頼のおける送達技法は開発されていない。

 

その結果、新型コロナワクチン競争の勝者になり、TIME誌の「今年の分子」の称号に値する分子に行きつく。RNAだ。その同胞種であるDNAはもっと有名だ。しかし、多くのよく知られた同胞種と同じように、DNAはあまり働かない。それは主に我々の細胞核の中に潜り込んでいてその暗号化された情報を守っている。他方RNAは、外に出て仕事をする。DNAによって暗号化された遺伝子は、細胞核からタンパク質製造分野に出ていくRNAの断片に転写される。そこで、このメッセンジャーRNA (mRNA)は指定されたたんぱく質の作成を担当する。言い換えると、ただ内にこもって情報管理をするのではなく、それは本物の製品を作るのだ。

 

ケンブリッジ大学シドニー・ブレナーとハーバード大学のジェームス・ワトソンら科学者たちは、1961年に初めてmRNAの分子を識別し分離した。しかしそれらを思い通りに活用するのは容易ではなかった。なぜなら、体の免疫系は研究者たちが操作し体の中に投入しようと試みたmRNAをしばしば破壊したからだ。その後2005年にペンシルベニア大学の2人の科学者カタリン・カリコとドルー・ワイスマンが、体の免疫系に攻撃されることなく人間の細胞にたどり着くように合成mRNA分子を微調整する方法を編み出した。

 

1年前新型コロナが襲来したとき、2つの歴史の浅い革新的な製薬会社がメッセンジャーRNAの果たすこの役割を活用してみようと決めた。一つは、アメリカ企業ファイザーと提携していたドイツのビオンテック社であり、もう一つはマサチューセッツ州ケンブリッジに本拠を置くモデルナ社である。彼らの使命は、コード文字を持つメッセンジャーRNAを組み換えてCCUCGGCGGCAで始まる文字列であるコロナウイルスのスパイクたんぱく質の一部を作り、それを人間の細胞に展開することであった。

 

ビオンテック社は、1990年代初めドイツで医師となる訓練を受けていた時に知り合ったウグル・サヒンとオズレム・トゥレシ夫妻によって2008年に設立された。二人ともトルコ人移民の家庭出身で、医学研究の情熱を共有していたが、結婚した当日も数時間研究室で働いていたほど情熱は強かった。彼らは免疫系を刺激して癌細胞と闘う治療方法を作り上げる目的でビオンテック社を設立した。同社はやがてウイルスワクチンにmRNAを使う薬を考案する先導者となった。

 

2020年1月、サヒンは医学誌ランセットで中国の新しいコロナウイルスに関する記事を読んだ。朝食の時妻とそれについて話し合ったあと、彼はビオンテック社の別のメンバーに電子メールを送り、このウイルスがマーズやサーズ(重症急性呼吸器症候群)のように簡単に消え去ると考えるのは間違いだと言った。「今回は違っている」と彼は伝えた。

 

ビオンテック社はRNA配列に基づくワクチンを考案する集中プロジェクトを立ち上げた。サヒンはRNA配列を数日の間に書くことが出来たが、それは人間の細胞にコロナウイルスのスパイクたんぱく質の別バージョンを作らせるものであった。有望であると見るや、サヒンはファイザー社のワクチン研究開発のトップであるキャスリン・ジャンセンに電話した。両社は2018年からmRNAを使ったインフルエンザワクチンの開発を行っていたが、サヒンは彼女にコロナワクチンに対して同様の提携をする気があるか尋ねた。「ちょうど同じ提案をする電話をしようとしていたところだった」とジャンセンは答えた。契約は3月に結ばれた。

 

その時すでに、従業員がわずか800人のずっと規模の小さいモデルナ社が似たようなmRNAワクチンを開発中であった。同社の会長で共同創業者のヌバール・アフィアンは、アメリカに移民したベイルート生まれのアルメニア人であるが、2010年にハーバード大学マサチューセッツ工科大学の研究者グループからmRNAの売り込みを聞いた時、強い興味を持った。彼らは共同でモデルナ社を創設し、当初はmRNAを使って個々人に合ったがん治療法に取り組んでいたが、まもなくその技術を使ってウイルスのワクチンを作る実験を始めた。

 

2020年1月、アフィアンは娘の誕生日を祝うためにケンブリッジにあるオフィス近くのレストランに行った。食事の途中、スイスにいる会社の最高経営責任者ステファニー・バンセルから携帯で至急のメッセージを受け取った。コートを持ち出すのも忘れ、凍えるほど寒い屋外に急いで飛び出してバンセルに電話をした。

 

バンセルは新型コロナウイルスに対してmRNAを使ったワクチンを試みるプロジェクトを立ち上げたいと言った。その時点で、モデルナ社は20種類以上の薬を開発中であったが、どれも治験の最終段階にさえ到達していなかった。それでも、アフィアンはその場で仕事に取り掛かる承認をした。「役員会のことは心配するな。すぐ動け」と彼は言った。ファイザー社のような資金を持たないモデルナ社はアメリカ政府からの資金に頼らざるを得なかった。国立アレルギー感染病研究所所長のアンソニー・ファウチは支持した。「やれ。どれだけ費用がかかろうとも心配するな」と彼は明言した。

 

バンセルとモデルナ社のチームがスパイクたんぱく質を生み出すRNA配列を作成するまでに2日しかかからなかった。そして41日後、初期段階の治験を始めるために同社は国立衛生研究所に最初の薬瓶が入った箱を届けた。アフィアンはその箱の写真を携帯に保存している。

 

RNAワクチンはDNAワクチンに対してある優位点をもっている。DNAワクチンは再操作したウイルスあるいは他の送達メカニズムを使って細胞核を守る皮膜を通過させる必要がある。RNAは核に入る必要がない。より近づきやすい細胞の外側にある、たんぱく質が作られる細胞質に送達されればよいのだ。

 

ファイザー・ビオンテック社とモデルナ社のワクチンは、脂質ナノ粒子と呼ばれる小さな油性の膜でmRNAを包むことによってそれを行う。モデルナ社はナノ粒子を改良することを10年やっていた。これがファイザー・ビオンテック社に対して有利となった。その粒子はより安定しており、極度の低温で保管する必要がないのだ。

 

11月にはファイザー・ビオンテック社とモデルナ社の後期治験結果は際立った成果となって現れた。両社のワクチンは90%以上の効果があったのだ。数週間後、新型コロナウイルスが世界のほとんどの場所で再拡大する中、両社はアメリカ食品医薬品局から緊急承認を得て、新型コロナ感染症の世界的流行を食い止めるバイオ技術の先駆者となった。

 

思い通りにメッセンジャーRNAを暗号化する能力は薬を変えるだろう。新型コロナワクチンの場合のように、mRNAに指示して細胞に免疫システムを刺激する分子である抗原を作らせることができる。抗原は多くのウイルス、細菌あるいは伝染病を引き起こす他の病原体から我々を守る可能性がある。加えて、ビオンテック社やモデルナ社がすでに取り組んでいるように、mRNAは将来癌を克服するために使用される可能性がある。免疫治療と呼ばれる手法を活用するに当たって、体の免疫システムにがん細胞を特定させ死滅させる分子を作るために、mRNAを暗号化することができるのだ。

 

RNAはまたジェニファー・ダウドナなどが発見したように、編集のために遺伝子に的を絞って操作することもできる。細菌から作られたクリスパーを使って、RNAはある遺伝子を排除したり編集したりするために、DNAの特定の配列にハサミのような酵素を導くことができる。この技術はすでに鎌状赤血球貧血の治療の試験に使われている。現在ではまた新型コロナとの戦いでも使われている。ダウドナらは、新型コロナウイルスを直接検出し最終的にそれを破壊するのに使われるRNA誘導酵素を作り出した。

 

さらに論争を呼んでいるのは、クリスパーは遺伝子操作によって「デザイナーベイビー(設計されたた赤ちゃん)」を作るために使われ得るという点だ。2018年、若い中国人医師がクリスパーを使い、双子の女の子がエイズを引き起こすウイルスの受容体を持たないように操作した。すぐに驚きと衝撃が巻き起こった。その医師は非難され、遺伝子編集に関する国際的な一時停止の呼びかけが行われた。しかし世界的な感染症流行が起こったことで、人類がウイルスを受容しにくくするRNA誘導遺伝子編集は、いつかもっと容認可能だと思われ始めるかもしれない。

 

歴史を通じて、人類は次から次へとウイルスや細菌による疫病被害を受けてきた。最初期の一つは紀元前1200年ごろのバビロン風邪の流行である。紀元前429年のアテネ疫病は10万人を死亡させ、2世紀のアントニヌス疫病は500万人を死亡させ、6世紀のユスティニアヌス疫病は5000万人を死亡させ、14世紀の黒死病はヨーロッパの人口の半分に近い2億人の命を奪った。

 

2020年に180万人を死亡させた新型コロナウイルスの流行は最後の疫病ではないだろう。しかし、新しいRNA技術のおかげで、将来のほとんどの疫病に対する我々の防御は格段に速く、より効果的になりそうだ。新しいウイルスがやってくる中、あるいは現在のコロナウイルスが変異する中、研究者たちは新しい脅威を標的にすぐさまワクチンのmRNを暗号化し直すことができる。「ウイルスにとっては気の毒な一日だった」とモデルナ社の会長アフィアンは、同社の治験結果について最初の報告を受けた日曜日のことを言う。「人間の技術が出来ることとウイルスが出来ることの間の進化バランスに、突然変化が起こったのだ。今後は感染症の大流行はないかもしれない」。

 

簡単にプログラム変更ができるRNAワクチンの発明は、人間の発明能力の素早い勝利であった。しかし、それは地球上の生命の最も基本的な側面の一つに対する好奇心に駆り立てられた数十年に及ぶ研究に基づくものだ。つまり、たんぱく質を細胞に伝えるRNAに、遺伝子がどのようにして転写されるのかという研究だ。同じように、クリスパーの遺伝子編集技術は、細菌がRNAの小片を使って酵素を導きウイルスを殺すやり方を理解することから来たものだ。偉大な発明は基礎科学を理解することから起こる。自然とはそのように美しいものなのだ。(了)